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大阪高等裁判所 平成4年(う)1058号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一八〇日を原判決の懲役刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人若松芳也作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴趣意中、訴訟手続法令違反の主張について

論旨は、要するに、被告人方の捜索において、本件覚せい剤が発見押収された経緯は、数名の警察官が警察だと名乗らずいきなりなだれ込み、被告人を押さえつけ、被告人の拒否にもかかわらず、その首を締めたり、両脇を抑えたりして、被告人からルイヴィトンのバッグ(原判決が「争点に対する判断」において「ボストンバッグ」というもの。以下、「ボストンバッグ」という。)を強制的に取り上げたものであり、その際、被告人を床に座らせたまま、首や両肩を押さえつけて制圧していた間にボストンバッグの中から覚せい剤を発見したというもので、被告人はそれを確認しておらず、また、終了後に、捜索差押令状の呈示を受けているようなポーズを取らされて写真にとられたものである。したがって、本件捜索は、捜索差押令状も呈示せずに開始され、被告人の立会いがあったとはいえず、かつ、被告人のプライバシーを侵害したものであって、違法であり、このような捜索によって得られた本件覚せい剤は違法収集証拠というべきであるにもかかわらず、これを本件有罪の証拠とした原判決には憲法三三条、三五条及びこれを受けた刑訴法二二二条一項等に違反し、これが判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討すると、原判決が「争点に対する判断」において説明するところは、いずれも首肯することができ、原判決に所論指摘のような訴訟手続の法令違反があるとは認められない。以下、説明を付加する。

まず、平成三年一月二三日午後六時四〇分から同日午後一〇時一二分ころまで、被告人の内妻であった中村淳織を被疑者とする覚せい剤取締法違反被疑事件について、被告人の肩書住居及び着衣等の捜索がなされ、被告人の所持していたボストンバッグの中にあったセカンドバッグから覚せい剤が発見・押収されるに及び、同日午後六時五八分覚せい剤不法所持の被疑事実により現行犯人逮捕されたことは、関係証拠により明らかであり、被告人も特に争わないところである。

ところで、捜索時に撮影されたことは特に争われていない(当審における被告人質問の結果によっても同じである。)司法巡査らの作成した「捜索時の写真撮影について」と題する書面(検第四号)貼付の写真二二枚(以下「捜索時の写真」という。)と、所論が指摘し、被告人が原審及び当審において捜索終了時に撮影したというもの一枚を含む司法巡査の作成した「覚せい剤発見時の写真撮影について」と題する書面(検第三号)貼付の写真八枚(その中の〈1〉の写真を以下「甲の写真」という。)、さらに司法巡査の作成した「簡易検査結果の呈示状況について」と題する書面(検第六九号)貼付の写真二枚(その中の〈1〉の写真を以下「乙の写真」という。)とを、原審公判における被告人の供述とそれぞれ対比して検討すると、甲の写真は、ポラロイド写真機によるものであって、普通の写真機による写真と異なり、どの時点でとったものか必ずしも断定はできない。しかし、その点については、原判決が「争点に対する判断」において説明しているとおりである。すなわち、まず、被告人が捜索差押令状の呈示を受けている甲の写真では、被告人が左手に手袋をしているのに対し、発見された覚せい剤の簡易実験した結果を被告人に確認させている乙の写真では、手袋をしていないことが明らかである。この点について、被告人は、警察官が立ち入ったときは手袋をはめていたと供述しており、甲の写真が乙の写真よりも先に撮影されたものと考えられる。次に、被告人は、ボストンバッグを最初に警察官から取り上げられた後はそれを手にしていないと供述しているところ、甲の写真ではそのボストンバッグを手にしているから、甲の写真を写したのは最初の時点であるといえる。さらに、付加して、甲の写真と捜索時の写真〈9〉とについて検討すると、まず、被告人の当審供述によれば、後者は捜索開始前の状況を写したもので、その理由として女物のバッグが写真向かって左の帽子掛けに懸かっているからであるという。甲の写真でも同じ場所に、本体は人の影で見えないが、女物のバッグのそれと同じ紐と思われるものが、同じ帽子掛けに写っている。そうすると甲の写真も捜索開始前のものとなろう。なお、被告人は、原審第七回公判で、飛び込んだ警察官が土足であった、というが、捜索時の写真〈7〉では、警察官は土足ではない。もっとも、被告人は、捜索時の写真〈7〉の中央に写っている眼鏡を掛けていない橋本巡査は、被告人は運動靴を履いているという(当審第二回公判)。しかし、同巡査の履いているのは靴下になっている。当審において、検察官作成の平成五年五月一〇日付け報告書添付の写真(本件捜索時の写真のネガの焼き付け写真)を検討しても、原判決の認定に食い違う点はみられない。原審における証人盛岡富夫、同橋本悟の各証言は相互に符合しているだけでなく、前示写真の状況とも合致しており、これらの証言を信用できるとした原判決の判断は相当である。

他方、被告人の供述は客観的証拠であるこれら写真と食い違う点もあり、信用することができない。被告人は、原審及び当審公判において、これらの点について、二、三弁解するが、いずれもその内容が不自然で、しかもそれらのうちには原審では全く供述していないこともあり、すべて首肯できない。

したがって、捜索差押令状の呈示について、原判決に格別事実の誤認があるとは認められず、また、被告人が覚せい剤の簡易検査結果を直後に知らされていることは明らかである上、被告人は当審において、簡易試験の様子については見せてもらったと供述しており、その点についても、原判決の認定に誤りがあるとはいえない。そして、所論が指摘する直接被告人に有形力を行使して制圧したという事実についても、これに沿う被告人の供述は、前示各証言と対比して到底信用することができず、前同様認めることはできない。

その他、所論のるる主張する点を検討しても、本件捜索差押えに関する原判決の事実認定は相当であって、本件捜索は適法であり、原判決挙示の技術吏員田中豊稔作成の鑑定書の証拠能力に問題はない(仮に、捜索差押令状の呈示が遅れたとしても、右鑑定書の証拠能力に影響はない。)。所論は前提となる事実を異にするものであって、採用できない。所論違憲の問題が生じないことはいうまでもない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、被告人は、その中身を知らされずにボストンバッグを預かったもので、本件覚せい剤について犯意がないのに、被告人に犯意を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるというのである。

しかし、原判決が指摘するとおり、被告人の弁解はボストンバッグを預かったという点において、すでに不自然である。さらに、ボストンバッグ内のエンジ色のセカンドバッグに当時被告人と同棲していた中村淳織の指紋の付着した紙片があったことや、さらに被告人の居室から上皿天秤秤が発見されていること等に照らすと、被告人に営利の目的を認めた原判決の認定判断は相当である。論旨は理由がない。

三  控訴趣意中、量刑不当の主張について

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取り調べの結果も参酌して検討すると、本件は、営利の目的で覚せい剤約三三〇・八五グラムを所持したという事案である。本件所持にかかる覚せい剤の量は多く、被告人には服役した前科だけでも覚せい剤事犯四犯を含んで七犯もあり、被告人の法軽視の態度は明らかであって、覚せい剤が社会に流す害毒は甚だしいものがあり、被告人の刑事責任は重大である。

そうすると、本件では、覚せい剤が押収されたため拡散されなかったこと等所論が指摘し、その他記録上認められる被告人に有利な情状を十分にしんしゃくしても、原判決の量刑の理由で説明しているところは首肯でき、被告人を懲役六年及び罰金一〇〇万円に処した原判決の量刑(求刑懲役七年及び罰金一〇〇万円)は相当である。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審未決勾留日数の算入につき刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。

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